Portfolio 2025

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Kenta Cobayashi 小林 健太

1992年、神奈川県生まれ。現在は東京と湘南を拠点に活動。

写真、デジタルメディア、立体、インスタレーションなど、複数のメディウムを横断して制作する。

主な個展
『EDGE』(アニエスベー ギャラリー ブティック/東京、2022)
『THE PAST EXISTS』(三越コンテンポラリーギャラリー/東京、2022)
『Tokyo Débris』(WAITINGROOM/東京、2022)
『#smudge』(ANB Tokyo/東京、2021)
『自動車昆虫論/美とはなにか』(G/P gallery/東京, 2017)

主なグループ展
『COMING OF AGE』(フォンダシオン ルイ・ヴィトン/パリ, 2022)
『ハロー・ワールド ポスト・ヒューマン時代に向けて』(水戸芸術館/水戸, 2018)
『GIVE ME YESTERDAY』(プラダ財団 Osservatorio/ミラノ, 2016)

2019年、Mark Weston 率いる Dunhill の 2020年春夏コレクションにコラボレーション参加。また、Virgil Abloh 率いる Louis Vuitton メンズ 2019年秋冬コレクションのキャンペーンイメージを手がける。

作品収蔵
アジア美術館(サンフランシスコ, 米国)ほか。

写真集
『Everything_1』(Newfave, 2016)
『Everything_2』(Newfave, 2020)

» CV 

 

Statement

 小林健太の制作は、一貫して「真を写すとは何か?」という根源的な問いに貫かれている。これは、デジタルネイティブ世代として育った彼が、視覚文化や写真メディアに対して抱き続けてきた疑問である。

 彼の制作プロセスは、理論やコンセプトからではなく感覚的な応答や操作の身体性から出発し、完成後にその行為を分析的に捉え直すという逆行的な思考構造を持つ。

 ── つまり、「作ること」自体が思考の起点であり、理論は後から生成されるプロセスとして位置づけられている。

 ここで言う「真」とは、写実性や再現性ではなく、素材・身体・記憶・意味・非意味が交差する場で生まれる流動的な構造である。代表作《#smudge》シリーズでは、Photoshopの「指先ツール(smudge)」を用いて写真の色彩を引き延ばし、混ぜ合わせることでイメージの意味を融解させ、「編集行為そのもの」を前景化している。

 こうした実践は、写真表現における「素材性と意味生成の関係性」を問い直す拡張的アプローチであり、「作る身体」と「見る身体」が交錯する場を生み出している。

 

Selected Exhibitions

『Tokyo Débris』WAITINGROOM(東京、2022年)

 《#smudge》シリーズをモチーフに、過去作品や新たなイメージを解体・再構築し、立体作品や映像作品として展開した《Tokyo Débris》シリーズを展示。床面全体を作品で覆い、空間、物理作品、非物理作品の相互作用で構成されるインスタレーションを提示した。

展示作品:《Tokyo Débris》(relief / NFT / mural)、《Broken Mirror》(still / sculpture)、《#smudge》

写真、コラージュ、立体、CG、映像、空間

 床面を覆う《Tokyo Débris (mural)》は渋谷の高層ビルから撮影した写真をコラージュした作品。このイメージは《Broken Mirror (sculpture)》に反射し、空間に光と色彩の反射を生む。背景にはCGの《Broken Mirror (still)》が配置され、HDRIライティングにより仮想空間内で輝きを放つ。

 壁面に掛かる《Tokyo Débris (relief)》は破片状のアクリルに写真をマウントし、角度をずらして構成することで、イメージと素材の関係性を強調。対となる映像作品《Tokyo Débris (NFT)》では仮想空間を彷徨うデータの残骸が漂い続ける。

 実体と虚像、物理と情報、素材と記憶が交錯するこの展示は、「像の多層性」を体現する。


 

『#smudge』ANB Tokyo(東京、2021年)

 《#smudge》シリーズの多様性を主題に、壁画、立体、映像、レンチキュラー、ライティングなどを組み合わせ、それらを空間的に融合させる構成を試みた。色彩の流動性により空間の境界を揺るがし、六本木のカラオケ館跡に結界的なインスタレーションを作り出した。

展示作品:《#smudge》(still / mural / video / relief / lenticular)

#smudgeシリーズについて

 小林はPhotoshopの指先ツール(smudge)を用いて、写真の色彩データを引き延ばし、混ぜ合わせることでイメージが持つ意味性を融解させる。同時に、一般的な写真表現では背景に隠れがちな「編集」という行為に、作家自身の身体性を見出し、ペインティングの作法に従って前景化している。

 使用する写真はすべて小林自身が撮影したものであり、写真家としての身体性とペインターとしての身体性が融合している。これらは、彼が幼少期から親しんだデジタル空間での「お絵描き」の延長線上で自然に交錯している。

 本展におけるもう一つの主要作品は、立体作品《#smudge (relief)》である。この作品では、写真の色彩データを直線的に引き延ばし、プリントして金属板に貼り付けた後、小林自身が板金職人と共に曲げ加工を施している。視覚的イメージと物理的マテリアルが交錯する点において、編集行為の立体的痕跡を明確に示している。


 

グループ展『ハロー・ワールド ポスト・ヒューマン時代に向けて』(水戸芸術館、2018年)

 情報社会の変革期における芸術の役割を問う本展に、小林健太は「デジタル・ネイティヴ」世代のアーティストとして参加。テクノロジーと身体感覚のズレや共鳴に焦点を当てた写真作品で空間を構成し、人間の知覚とデジタル環境との間に生じる摩擦を視覚化した。

 マーシャル・マクルーハンの思想を起点に、ポスト・ヒューマン時代における社会と精神の変容を探った本展には、ヒト・シュタイエル、セシル・B・エヴァンス、エキソニモら国際的なアーティスト8組が参加し、技術革新がもたらす希望とその危うさを多面的に表現した。

展示作品:《#smudge》、《#video》、《Sound & Vision》、《Insectautomobilogy》

「Everything」

 本展は、代表作《#smudge》シリーズを中心に、渋谷の街を撮影した映像にsmudgeエフェクトを施した《#video》シリーズ、プリンターをハックしたパフォーマンス《Sound & Vision》の記録、《Insectautomobilogy》など、多様なシリーズを横断的に構成した。

 作品の根底には、小林がかつて作品を発表していたブログ『Everything』、およびその後出版された同名の写真集シリーズに共通する、インターネット的な雑多さへのノスタルジックな美学がある。

 「Everything」という言葉は、小林が高校時代に愛読したSF小説『銀河ヒッチハイク・ガイド』に登場する有名な問い「人生、宇宙、その他すべて(Everything)の答えは?」に由来している。


 

『自動車昆虫論/美とはなにか』G/P gallery(東京、2017年)

 小林のキャリア初期の個展である本展では、《#smudge》シリーズとは異なり、小林の社会的関心がより明確に表現されている。展覧会の中心となった《Insectautomobilogy》シリーズでは、自動車デザインを昆虫に見立て、その系譜を俯瞰することで、テクノロジーがもたらす群知能の兆しを示唆した。また、この群知能の背景には、美学的原理としての「グリッドの宇宙」があることを示しており、本展のもう一つの重要な軸となっている。

展示作品:《Insectautomobilogy》、《#smudge》、素焼きのタイル、ウィトルウィウス的人体図をモチーフにした無題のイメージ

「グリッドの宇宙」と《#smudge》

 小林はPhotoshopにおける最小単位、すなわちピクセル(ビットマップ)を「グリッドの宇宙」として捉えている。これは均質性と再現性を前提とした計算可能な構造であり、《Insectautomobilogy》の自動車デザインの形式性と共鳴している。

 一方で、小林はそのような構造に対して身体によるズレや介入を試みている。《#smudge》シリーズに見られる筆致、タイルに走るひび割れ、展示空間を通る自然光、吊り下げられたiPhoneから流れる作家自身のボイスメモ──これらはすべて構造の隙間に入り込む「非構造的な揺らぎ」として現れる。

 この展示は、秩序と逸脱、構造と揺らぎの共存を示しており、後に展開される《#smudge》や《Tokyo Débris》シリーズへと繋がる重要な起点となっている。


 

Selected Client Works

Summer Sonic 2022|Entrance Gate(千葉、2022年)

 日本最大級の都市型音楽フェスティバル『Summer Sonic』で開催された展覧会『Music Loves Art』に参加し、会場エントランスゲートを制作した。

 都市風景の断片を編集・再構成する《Tokyo Débris》シリーズの発展形として、空間と画像が交錯する「都市のリミックス」を象徴的に表現した。


 

Louis Vuitton Midosuji|Show Window(大阪、2020年)

 ヴァージル・アブローがアーティスティック・ディレクターを務めるLouis Vuittonとのコラボレーションとして、大阪・御堂筋店のオープニングに合わせてショーウィンドウ用の立体作品を制作した。

 《#smudge》シリーズのストロークを建築空間へと展開し、後の《Relief》シリーズへと繋がる試みとなった。ラグジュアリーブランドの空間に、編集行為の身体性を直接的に介入させる試みでもある。

 また、前年度および同年度のコレクションにおいてキャンペーンイメージの撮影・制作も手がけた。


 

Dunhill|Spring / Summer 2020(パリ、2019年)

 マーク・ウェストンが手がけるDunhillとのコラボレーションにより、ブランドのアーカイブイメージと小林のアートワークを融合。パリ・コレクションにて発表された本コレクションは、セットアップ、レザーポンチョ、バッグなどのファッションアイテムとして展開された。

 アーカイブイメージを衣服に落とし込むことで、衣服を着用する行為自体がイメージの再編集となるコンセプトを表現した。

 

Selected Works

Prism Disruption(2025年)

 《Broken Mirror》をモチーフに、生成AI(Runway)によるモーフィング処理を用いて制作した映像作品。幾何学的な変容と空間の歪みをテーマとし、AIが解釈する「像の流動性」を視覚的に探求している。静止画と動画、生成と混乱の間を漂う実験的な作品である。

 

Tokyo Débris(2022年-)

 過去の作品をCG空間内で再構成したデジタルコラージュ、映像、立体作品群。《#smudge》の技法を発展させ、「都市の記憶」「デジタルの残骸」「虚像の反射」をテーマとしている。物質性と情報性の境界を超え、光の撹乱によってイメージが空間内に立ち現れる。

 

Relief: Brushstrokes(2021年-)

 《#smudge》シリーズのストロークを立体化した作品群。写真をプリントした金属素材(鉄、アルミなど)を物理的に折り曲げ、編集行為の身体的痕跡を彫刻的に定着させている。平面と立体、視覚と触覚が交差する地点を探求している。

Broken Mirrors(2020年-)

 割れた鏡をモチーフとしたCG作品シリーズ。天球写真を用いたHDRIライティングによって、風景や光がCGオブジェクトに複雑に乱反射し、デジタル写真に潜む「隠れた光データ」を視覚化している。また、CGから派生した物理的な鏡のオブジェクトを制作し、仮想と現実、情報と物質の境界を交錯させる。

Performance: #VISUALINERTIA(2019年-)/ Sound & Vision(2015年-)

 Photoshopの編集操作を音響に変換するパフォーマンス作品《Sound & Vision》と、その発展として、iPhoneの動きをPhotoshopのマウス操作と同期させた《#VISUALINERTIA》。両作は小林とプログラマーである高田優希が独自開発したアプリケーションを用い、「ジェスチャーの可視化」を通じて写真編集行為の身体性を探る実験的な試みである。

 東京、ロンドン、ロサンゼルス、パリなど各地で上演。高田優希とのコラボレーション作品。

 

REM(2015年)

 VRヘッドセットをカメラとして用い、仮想空間内での「映像撮影」を試みたスライドショー作品。非物質的な漂流感と記憶の断片化をテーマに、VR内外の時間感覚を揺さぶっている。

 VR空間デザインはゴッドスコーピオン、音楽はMolphobiaとのコラボレーション作品。

 

#video(2015年-)

 《#smudge》シリーズにおける編集操作(マウスのジェスチャー軌跡)を記録・再構成した映像作品。編集行為が映像全体に反映され、作家の身体的な操作が前景化される。視覚的残像と運動エネルギーが交錯する、時間軸上での写真的な実験である。

 

#smudge / #blur / #sharpen(2014年-)

 Photoshopの各ツール名に由来するシリーズ。写真データの色彩を引き延ばすことで、イメージの意味を融解させ、「編集行為そのもの」を主題化する。デジタル編集の痕跡を絵画的な筆致として表現し、写真メディアに絵画的身体性を接続させる試みである。

 変形アクリル、レリーフ、ZINE、壁画、映像など、多様な形式で展開。

ZINEs / Books(2013年-)

 小林健太のキャリアは、コピー機の熱とインクの匂いの中から始まった。

 写真を「撮る」という行為だけでなく、「編集し、製本し、誰かと交換する」行為として捉えるZINEカルチャーの中で、作品を印刷し、綴じ、折りたたみ、キャリーケースに積み、机の上に並べ、手渡してきた。この身体的な営みは、その後のインスタレーションや立体作品、映像作品、さらにはAIを用いた実験へと広がっていったが、その根底には常に「編集された写真が物として届く」というリアルな実感があった。

 小林にとってZINEは流通とコラボレーションの実験場であり、「写真が生きる場」を自身で創り出すための最初の手法であった。

 

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補足|未完の問いたち

1. 「写真」とは何のメタファーなのか?

2.「グリッドの宇宙」に触れたあと、人はどこに向かうのか?

3. シャッターを押せば「100」が与えられる写真を、いかにして「0」に巻き戻すか?

4. 「写真的」と「アート的」、その境界はどのように引かれるのか?

5. 都市を撮ることと、人を撮ることの違いは何か?

6. なぜ人は、人の痕跡に触れたくなるのか?

7. AIネイティブではない私たちに、彼らの問いは見えるのか?


 

updated: 2025.04.16

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